「己を愛するが如く隣人をも愛せよ」
という聖書の言葉。
素敵な言葉だけど響がない人もいるのではないか。
なぜなら、自分を大切にしていない人が一定数いるからだ。
そんな人からすれば、
自分のことを大切にするように、他人のことも大切にしなさい
なんて言われても、なんか筋違いに聞こえるのではないか。
“周りに迷惑をかけないように“
“人様に気を遣われないように“
“相手を傷つけないように“
そんな風に思って、自分よりも他人を優先している人がなんだか多い気がする今日この頃。
私の友達は優しい人が多い。
真面目な人も多い。
他人に優しく、自分に厳しい人種(xNFJとか、HSPに多くみられる)が女子の3人に1人くらい。
その他人に対する優しさをどうか自分にも向けてみてほしい。
「隣人を愛するように、自分を愛しなさい」
誰かが失敗した時、体調が悪そうな時
困っている時、泣いている時に
手を差し伸べることができるなら
自分という存在にも、
他人に対する時同様に大切にしてあげた方がいい。
だって、誰があなたを大切にしてくれるの?
自分が自分を大切にできなかったら、
誰かに愛や優しさを無意識に求めてしまう。
だから私はまず自分を1番大切にすることにした。
「大切にする」っていうのは簡単なようで難しい。
夜中に甘いものを死ぬほど食べたり、
夜が更けるまでネットサーフィンをし続けたり、
お皿洗いや部屋の片付けを後回しにしたり、
運動せずにジャンクフードばかり食べさせるようなことは、
「甘やかす」ことであって「大切にする」ことではない。
むしろ大切にすることの逆だ。
大切にするということは、
少し未来の自分を想像してみること。
栄養のあるご飯を食べて
スマホの電源を落として睡眠をとること。
時々身体を動かしにいくこと。
生きていく上での知恵を身につけること。
自分が周りに大切にしてもらえるように、他人からの信頼を得ること。
自分を美しいと思えるように着飾ること。
同時に、ありのままの自分も魅力的だと思うこと。
自分を愛することができるようになると、
他人を愛することができるようになる。
他人の弱さや失敗を温かく見守れるようになる。
蛙化するのも、共感性羞恥も
自分に自信がないから起こるもの。
学生時代はよくあったけど、今となったら
「そんな人いるよね」
「そんなことあるよね」
で済む話。
自分の魅力を自覚できると
他人からの評価を求めなくなる。
「自覚」というよりも、
客観的な視点で自分を評価できたら
それはもう他人からの評価と同じ。
長所も短所も同じくらいあって、
多分他人もそれぞれ同じくらいある。
他人に気を遣うように
自分に気を遣う。
そして、自分に気を遣わないように
他人にも気を遣わない。
それが私みたいに生きるコツ